夢
ふと気づくと、自室のベッドの上にいた。
月明かりを頼りに辺りを見回してみると、中学校の制服がハンガーに掛かっていることに気づく。
突然、コンコン、とノックの音がした。「兄さま、兄さま」と小さな声でドアの隙間から私を呼んでいる。
……またあの夢だ。
サイズの小さなビニールサンダルを履き、玄関を開け、彼女に手を引かれながらあの場所へと小走りで向かっている。
晴れた夜空には、流星群がいくつも光の筋を描いていた。もう何度も見たはずなのに、不思議と新鮮に目を奪われてしまう。
ああ、嫌だ、あんなところにはもう二度と行きたくないのに!
***
急に引っ張られていた小さな手が離され、若干つんのめりながら前を見ると、爾があの場所に立って手招きしていた。
―――夢というものは残酷で、自身の意思があるのにも関わらず、体はあらかじめ用意された筋書きをなぞっているだけということが多い。今回だってそうだ。
頭では行きたくない、嫌だ、怖いと思っていながら、体は勝手に爾の元へと歩み寄っていく。
ふと、何かに手を触られた感覚がしてヒッと息を飲んだ。恐る恐る視線を向けると、爾が私の手を取ってこちらを覗き込んでいる。
「兄様?大丈夫ですか?」
なんとなく“怖い”と言ったら駄目な気がして、首を横に振った。それを見た彼女は愛おしそうに微笑み、ぐん、と私の手をあの場所へ引く。
……ついに来てしまった。
あの日、爾が転落した崖。
「兄様、見てください!すごく綺麗でしょう?」
いつになく上機嫌な爾が、はしゃいで柵に足をかけ身を乗り出した。
冷や汗が背中を流れる。動悸が止まらない。
空には、今も無数の流星群が流れている。ゆっくり、ゆっくりと。
「……チカ、それ以上は、」
自分が出したとは思えないほど震えた声で爾を呼ぶ。
「どうして?」
急に耳元で彼女の声がした。
「どうして?兄様があの日、これを見せたかったのでしょう?」
ぐわんと視界が歪み始めた。呻きながら耳を必死に塞ぐ。が、声が聞こえなくなることは無かった。
「兄様が始めたことでしょう?」
「嫌ならやめてしまえばいいでしょう?」
「どうして?」「どうして?」「どうして?」
もうやめてくれ!私だってとっくに理解している、
爾があの日落ちたのも、おかしくなったのも、全部、全部――――
「あなただって、僕が私じゃないことに、本当は気づいているんでしょう?」
どん、と人とは思えないような強さで背中を押され、柵の外に身体が放り出された。
嫌な浮遊感が全身を襲う。
あ、まずい、
落ちる、
***
バクン、と体が跳ね、飛び起きた。
ゆっくりと視界が鮮明になっていく。ぱた、とタオルケットに水滴が落ちて、自分がびっしょりと汗をかいていたことに気がついた。
眼鏡をかけ壁の時計を睨むと、針は2時を指している。
……また、あの夢だ。